8月2日
早いもので、もう、八月。
子供たちは杉並区のユネスコキャンプに出掛けた。
アヤは小学校6年生から友達のRちゃんと
積極的に参加していた。
チビのミクは、今年が初デビュー(6年生から参加できる)
いろいろこの人を過保護にしてしまい、
いつも、人を頼っていきているから、
こういう機会は、成長のチャンス。
しかしながら、緊張のあまりか、
30日〜はじまっている、プログラムの2日目、
途中、過呼吸になり、意識が遠のいて、
休んでいたという、話を聞いて、やっぱり・・・・と思ってしまった。
もともとのキャラクターもあるかもしれないのだけど、
ミクのように、大きい病気をして、長いこと入院生活を送って
外の社会にでたとき、
不安を、心の中でプラスに持っていきずらい子が多く
緊張と重なり、過呼吸に苦しむ子が多いと、いうのを聞いてはいた。
それもだいぶ後から来るから、その辺の心理は
私には分からない。
病院仲間のAちゃんも、いまは社会人になったが、
中学時、バスケットの試合になると、過呼吸になり、ついに
大好きなバスケットを辞めざる得ないことになった話を思い出した。
プレイをしたいという心と、不安からくる緊張で
バランスを崩す。その時はふーん、なんて聞いていたけれど、
はじめて、まったく知らない人との交流。
たのしい!という心と、不安は、時に、同じ時間内で
交差することがあるから、この交差点を緊張しながら渡れば
新しい世界を見つけて、また、ひとつ、楽しみが増える。
ママとパパと、おねーちゃんと、友人だけの世界から抜け出して。
もう一歩、前に前に・・・
交差点で、倒れてはいけないぞ・・みく。
帰宅して、いろんな話の中で、ミクに心が弱いねーという話をした。
どうしたら、ミクちゃんの心は強くなれるだろう。
実は私もわからない。
心を強くすることを、今度は家の中ででなく
外で訓練しないと・・・。親子で考えるしかないなあ。
おそらく、この子は守られて(親または姉)いるところでは
この現象は起きないはず。
この日、姉はテニスの試合で
ミクは全く知らない人の中で、意見をいったり
踊ったりしなければならなかったようだ。
言葉の通じない、日本人以外の子供もいるし、
年齢も11歳〜25歳くらいまでの学生が、縦割りでグループになる。
退院後、ものすごい緊張するようになり、、物事を疑うようになったような気がする。
いたくないよ・・・と言われながら、注射をされたり、
麻酔をかけて(意識は半分ある)脊髄注射をうけたり、
私が抱いて、針を血管に通す・・・・
そんな日々が続いたからだろうか、
異常なほど、次にくることに対し、なんでもない事をおびえるのだ。
もう、あれからだいぶ経つからいいんじゃないか、なんてのはこちらの勝手で
年々、難しくなっていっているトラウマもある。
とにかく2日目から、そんなことがあったもんだから、
昨日、彼らは、元気に那須高原に出発したものの、
昨夜は、布団に入ってから、なんか、ミクの事を考えてしまった。
そういえば、3年前に受けた耳の手術も
4年前に受けた口腔手術も、いたかったんだろうな・・・
生まれつき起こっていた不具合を、直した。
こちら2件は、命にかかわらないから、
あまり深刻には考えていなかったが、
立て続けにおこる、自分の故障に嫌気がさすこともあったんだろうか。
ずっと背負う自分の病気に対して、文句を言ったことはない。
ただ、痛いことをされたあと、さめざめと泣いていたことを思い出す。
でも、そのあとのご褒美のうな重で、ものすごい嬉しそうな顔のあとは
もう、泣くことはなかった。
あ、この子はうな重でいいのねえ・・・
なーんて、案外簡単に考えていたかも。
いたいですよ、なんて説明を受けずに手術をしている。
耳は全身麻酔。
口は局部麻酔。本人が怖がって動くようなら、
全身麻酔の先生が待機をしながら、手術。
珍しいいケースだったようで、大学病院の小児歯科午前診察を休んでのオペだった。
麻酔の効いている間は、確かに痛くはないだろうけれど、
その後はしばらく痛い痛いと、いっていたしなあ・・・
しかし、そんな理由を考えていても仕方ない。
それより、強くしなくちゃ・・・・心を。
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